池上彰が日本の安保の歴史をわかりやすく解説!合憲・違憲の理由は?

2015年8月22日「池上彰のニュースそうだったのか!! 2時間スペシャル」が放送されました。

この番組の中で、池上彰さんが安保法案の歴史について解説していました。

2015年9月19日に安保法案が可決されましたが、その際に合憲とか違憲とかが議論されていました。

合憲・違憲の根拠が歴史からわかることもあるので、補足しつつまとめようと思います。

スポンサーリンク


戦後の日本の安全保障

※安全保障とは、攻撃から国家や国民の安全を守ることです。

1945年、第二次世界大戦が終わり、日本の軍事組織が解体されました。

終戦後は、アメリカが日本の治安を守っていました。

自衛隊の発足

1950年、朝鮮戦争が起こり、挑戦戦争に日本に駐留していたアメリカ軍が参加しました。

軍備が手薄になった日本に、ソ連が攻めてくるかもしれないという危険がでてきます。

そこで、警察予備隊という日本を守るための組織ができました。

警察予備隊は時代と共に呼び名がかわり、後の自衛隊となります。

1950年 警察予備隊

1952年 保安隊

1954年 自衛隊

このとき、憲法9条「戦力の保持の禁止」に背いているのではないのか?という議論がなされました。

そのときの言い訳(?)は、警察予備隊は敵国からの防衛ではなく国内の治安維持なので違憲ではないというものでした。

補足

国民:なぜ戦争が終わったのアメリカ軍がいるの?

理由:このとき結ばれていた日米安全保障条約は不平等で、戦争が終わっても軍は日本に置いておいてもよいというものでした。

砂川事件(すながわじけん)

1957年 自衛隊に対する反対の熱が過熱します。

このとき、アメリカ軍の基地に立ち入った人がいました。

そして、この立ち入った人が起訴されたのです。

この裁判で問われていたのは、在日米軍は違憲かどうかでした。

この時の判決は、

・アメリカ軍が日本にいることは違憲ではない。

・自衛権を否定していない。

ととれるものでした。

補足

2015年の総理大臣である安倍さんは、この砂川事件を例にだして、集団的自衛権は違憲ではないとしていました。

しかし、多くの専門家は、集団的自衛権が論点となっていない砂川事件をだすのはおかしいとしていました。

・個別的自衛権:自分が攻められたら戦う

・集団的自衛権:親しい国が攻められたら戦う

スポンサーリンク


日米安全保障条約の改定を巡って与党と野党が対立

1960年 日米安全保障条約(安保条約)の改定を巡って、与党と野党が対立しました。

野党議員の座り込みを行い、与党は強行採決を行いました。

このとき、約13万人が国会前に集結し、デモ隊は国会内に乱入しました。

このときの総理大臣は岸信介さん。

改定された安保条約は、形式としては集団的自衛権を前提としており、日米双方が日本および極東の平和と安定に協力することと規定しています。

旧安保条約は、アメリカ軍は日本に駐留するが日本を守る義務はありませんでしたが、新安保条約によりアメリカ軍は日本および極東を守る義務ができました。

1967年 ベトナム戦争を引き起こすアメリカ軍に反対してデモ

日米安保条約改定

1970年 日米安保条約改定の年です。

1960年に締結された新安保条約は10年が期限で、その後は1年毎との自動更新でした。

つまり、この年からどちらかの国が破棄したいといったら破棄できる契約になりました。

現在も破棄されていません。

この自動延長を阻止しようと大規模な安保闘争が起こりました。

ただし、この条約は日本が攻められたら、アメリカ軍が無条件で守ってくれるというものではありません。

例えば、尖閣諸島が攻められてもアメリカは守りません。

守るのは日本の自衛隊の仕事で、自衛隊だけで手に負えない時、アメリカが助けるというものです。

冷戦

1970年~1990年まで大きな動きは起きていません。

なぜなら、冷戦だったから。

なにかもめごとがあるとボスの国が抑えていました。

お金だけ出したと日本が批判された湾岸戦争

冷戦以降、 民族紛争や内戦が起こりました。

イラクがクウェートに侵攻したことから始まった湾岸戦争。

理由もなく侵攻するなんて許せない!ということで、多国籍軍が発足しました。

この際、日本もアメリカに自衛隊を出せと言われました。

結果、日本はお金だけ出しました

これは、日本は汗はかかずにお金だけだして…世界から批判されました。

クウェートが各国に感謝の言葉を記載した新聞に日本の名前はありませんでした。

この批判が国の偉い方々のトラウマになっているそうです。

時代の変化に合わせて様々な法律が成立

1992年 自衛隊を海外に派遣するかどうかの議論があり、国際平和協力法(PKO協力法)が成立しました。

法案が成立し、自衛隊海外に行くことが多くなりました。

PKO(国連平和維持組織)とは、国連中心で世界の平和を守ろうという組織です。

活動内容は、

・地震が起きたら救助に行ったり

・難民に食べ物を届けたり

です。

2001年 アメリカで同時多発テロが起こり、テロ対策特別措置法が成立しました。

2003年 イランイラク戦争が起こり、イラク特措法が成立しました。

この法案により、自衛隊はイラクに派遣されました。

2008年 ソマリア海域の海賊増え、海賊対処法が成立しました。

まとめ

時代の変化に合わせて、様々な法律が作られてきました。

これらの法律が作られるときも違憲や合憲などの議論がありつつも、成立してきました。

テロ対策特別措置法やイラク特措法などは時限立法といい、期限がある法律です。

今、 アジア太平洋地域の安全が変わってきており、いつでも自衛隊を派遣する法律を作りたいというのが、安倍さんの主張・・・なのだそうです。

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。

スポンサーリンク


関連ページ:池上彰が日韓関係の歴史をわかりやすく解説!関係悪化の原因は?

関連ページ:2017年の終戦記念日!今年で終戦から何年たったのか?

関連ページ:池上彰が語る北朝鮮の脅威!自衛隊の基礎知識や安倍総理の発言の遷移

関連記事(広告含む)


シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする